2019年08月21日
【くらしに関する法律知識】人工授精で生まれた子どもの相続権
LTRでは、本ブログを通して皆さまのお役に立てるくらしに関する法律知識・情報を定期的に発信していきます。
今回は「人工授精で生まれた子どもの相続権」を紹介します。
夫の同意のもと、夫以外の男性の精子による人工授精で子どもを授かった夫婦。もし将来、この夫婦が不和になって離婚し、夫が他界した場合、子どもは財産を相続することができるのか? 最近、こうした人工授精に関わる相談が増えています。
「夫が同意した人工授精で生まれた子どもの場合には、嫡出子として推定されるもの」という裁判例も出ています。ただ、この点については多様な考え方があり、実務的な結論が固まるまでには今しばらく判例の動向を注視する必要があるようです。
◆嫡出推定
民法772条は「妻が懐胎した子は、夫の子と推定する」と規定し、婚姻中に懐胎した場合であっても実際には夫の子ではない場合には、1年以内に嫡出否認の訴え(民法774条)を提起して、これを否認することができます。推定とは、「そのときはそのように判断する(夫の子と扱う)が、後で異なる事実が証明された場合は、そうでないと修正する(夫の子ではないと扱う)ことができる」というものです。
◆人工授精
人工受精には、非配偶者間の人工授精(AID)と配偶者間の人工授精(AIH)とがあります。このケースはAIDのケースです。このような場合に、民法772条の嫡出推定がおよぶかどうかについては、見解が分かれています。
イギリスやドイツなどでは「AIDに同意した夫を父とすること」を明文で定めた法律がありますが、日本にはその規定がなく、民法772条の解釈の問題として争われているのです。
◆裁判例
この点、東京高裁1998年9月16日の決定は、「夫の同意を得て人工授精が行われた場合には、人工授精子は嫡出推定の及ぶ嫡出子であり、妻が夫と子との間には親子関係が存在しない旨の主張をすることは許されない」と判示しました。この考え方では、「嫡出否認の訴えは夫が子の出生を知ったときから、1年以内に提起しなければならないもの」とされています(民法777条)。したがって、この1年を経過すれば嫡出否認の訴えを提起できなくなります。
「推定が及ばない子ども(嫡出子)」
しかし、摘出推定が働く期間内に生まれた子であっても、生物学上の父子関係が存在しないケースについて、いわゆる「推定が及ばない子ども(嫡出子)」として親子関係不存在確認の訴えを認める考え方があります。たとえば、夫の行方不明、海外在住、服役中などの外観的に妻が夫の子を産むことがありえない状況のもとで妻が子を産んだときは「推定が及ばない子ども」となって、嫡出否認の1年の出訴期間は適用されず、いつでも親子関係不存在確認の訴えを提起できるものとされています(最高裁判決1969年5月29日)。